yutaのブログ

読んだ本の紹介

『革命について』ハンナ・アレント

序章 戦争と革命

  • 戦争と革命は暴力を行使するという点では共通しているが、戦争は国同士、革命は国内での体制転換を意味するという点で、もともとは違う現象である。しかし、20世紀になると両者は結びつき、革命に誘導されて戦争が起こることが多くなった。(現代の国際政治は権力政治ではなく、革命を中心に動くようになっており、政治を動かそうと思えば、革命の論理を理解しなければならなくなっている。)
  • 革命は新たな「はじまり(多様性の創出)」を目指して行われる。

 

・第1章 革命の意味

  • 以前、貧困の人たちは労働するのが当然だと考えられていたが、労働は富の源泉であるという考えが生まれ、その富を生み出している人たちが貧しいのはおかしいと考えられるようになった。このように貧困からの解放を求める考えが革命へとつながることになる。
  • ヨーロッパの革命は、大衆的貧困という社会問題が要因となって勃発したのに対して、アメリカ革命では貧困問題は関係なかった。アメリカ革命の理念がその後のヨーロッパ革命に影響を与えたのではない。しかし、労働は報われるべきだというアメリカ的生活環境がヨーロッパ革命の活力となった。
  • アーレントによると、政治的自由(≒イソノミア)とは、特定の支配者が不在で、市民たちが平等の立場で自分たちを組織化していることである。
  • 私的な生活レベルでは不平等であっても、公的領域で活動する際には、法によって対等な者と見なされる。人々が作り出した法によって、平等は生まれる。(このようなことは、革命を通してつくられる。)
  • フランス革命は群衆の熱狂に後押しされて革命を進める一方で、どういう形態の政府によって統治すべきかという考えをもっていなかった。このようなフランス革命は惨憺たる結果に終わったにもかかわらず、革命の標準的な理念型になった。そのため、その後に起きた革命でもフランス革命の過ちを繰り返してしまった。

 

第2章 社会問題

  • 近代になると、「人間」の範囲が拡大され、本来、私的領域に存在するはずの貧困の問題が公的(政治)領域に現れるようになった。
  • 生命を揺るがす貧困が切迫してくると(活動の)自由が抑圧される。しかし、ロベスピエールは、人々の生命維持をすることが公共性であると考えていた。彼は自由を実現するために専制政治を行ったのではなく、貧しい人の困窮状態を救うために専制政治を行った。こうして、革命の役割はもはや、自由の創設はおろか、人びとを同じ仲間の人間の抑圧から解放することですらなく、むしろ社会の生命過程を稀少性の足枷から解放し、それを豊かさの流れに変えることであった。こうして今や、自由ではなく豊かさが革命の目的となった(97)。
  • アメリカの人たちは、貧困を政治的な手段によって解決するために革命を起こしたのではなく、統治の形態に対する不満から革命を起こした。
  • ロベスピエールはルソーの影響を受けた。利己主義的な競争から排除された貧しい人たちへの同情を、情熱的な実践を通して回復することが革命の目的となった。それがロベスピエールの「徳のテロル(119)」へとつながった。
  • ロベスピエールは、同情の変種である哀れみを社会的連帯の基盤にすることができると勘違いしたことで、残酷な暴力が発動した。
  • 同情に突き動かされたフランス革命の人たちと違って、アメリカ革命の人たちは、自由の創設と永続的な制度の樹立を重視し、刑法と無関係に暴力を行使しようとはしなかった。また、暴力の行使から新たな秩序が生まれるとは考えていなかった(136)。
  • フランスは、(公的領域で見せる)人格を偽りの仮面だとして破壊し、不幸な人々や彼らに同情する人たちが怒りを発散させ、怒りに身を委ねることが、自然(苦しんでいる同胞に対して同情するのが人間の自然なあり方であるという考え)を回復する政治であるかのようになった。
  • フランスは怒りの解放によって破壊だけをもたらしてきた。このように暴力が自由を創設するはずの政治の領域に入ってきた。

 

第3章 幸福の追求

  • 公的自由が保持されるかどうかが、アメリカとフランスの分かれ道となった。
  • ヨーロッパ人は「公的自由」に関して情熱と趣味しかなかった。それに対して、アメリカ人には経験があった。アメリカ人は各植民地にできていた自治の組織での討議に参加していたため、「公的自由」をすでに経験していた。また、彼らは公務に参加することを楽しいことだと知っていた。
  • 近代において自由の空間の創設というのは、憲法をつくるということである。アメリカは、州の代表を集めて憲法制定会議を開いて憲法を起草したうえで、新しい連合国家を創設することを決める手続きをとった。それに対してフランスは、革命勢力が勝手に憲法を制定した。
  • 自由のための人工的な空間をつくることが革命の第一の課題である。第二の課題はつくりあげた公的自由への情熱を保持することである。しかし本来、公的であったはずの幸福追求は私的なものであると考えられるようになった。(幸福追求は政治的権利ではなく、市民的権利として理解されるようになった。)
  • 幸福追求という用語には曖昧なところがあったため、公的な意味での幸福追求という概念は忘れ去られた。これはフランスだけでなく、アメリカも同様である。
  • フランスは貧窮からの解放と革命が対応していたため、憲法をつくって公的自由のための空間を確保することに関心がなくなった。

 

第4章 創設(1)-自由の構成

  • アメリカとフランスの革命の指導者たちは、少なくとも、政治的権力に参加することによって得られる公的自由は、制度的枠組みによって構成される必要があると考えていた。
  • 憲法を作成することで、国家体制と公的自由が一体のものとして構成される。
  • 憲法という言葉を使っても、イギリスやドイツのように、政権が人民の不満を抑えるために政府権力を制限するための(私的な)基本法を作るのか、構成的権力の主体としての人民が、基本的にゼロから政治体を構成する(公的領域をつくる)のかで意味が違う。
  • 建国の父たちは、権力に対する憲法による制約があっても、少なからず国民の権利を侵害していることがあるため、従来型の権力をつくって、それに憲法的制約をかけるだけでは不十分であり、従来の権力感を脱して、万人の参加と意見表明の自由の保障と、多数派の専制の防止を両立させるような統治体制を考えていた。
  • 人間の権利は、それを保護する政治体なしでは意味をもたない。しかし、フランス革命の人権宣言の場合、政府や法がなくても人権はあるかのような定式になっていた。
  • 人間の権利や市民の権利の保障は革命の目的にはなり得ない。革命の目的はあくまで、新たな政治体を構成することである。
  • アメリカでは、自由のために新しく権力をつくり出すという考えが育まれたのに対して、ヨーロッパでは、革命権力の恐怖もあって、権力をネガティブに捉える考え方が広まった。
  • アメリカ建国の父たちは、権力の根源は人民であるとしたが、法の根源にはせず、書かれた文書として客観性のあるアメリ憲法を法の根源にした(文書化された憲法によって、人民の権力の乱用を防ぐ:法が権威となる)。
  • 憲法はその都度の選挙や世論調査に大きく左右されない耐久性をもっていなければならない。
  • フランス革命の場合、それまで全く権力も権威もなかった人民が革命によって双方の源泉になったフランスと違って、アメリカの場合、人民が国全体の権力を担うようになる前に、ローカルな各議会が人民から権威も付与されたうえで、権力として機能していた。ローカルなレベルから権力を構成していくプロセスがあった。
  • 権力の源泉が人民にあり、人民が何でもその時の気分で変えられるということになると、フランス革命と同じことになってしまう。そうならないために、権威の源泉を人民とは別につくる必要がある。植民地時代に、ローカルな権力の構成は進み、連邦権力の先駆形態のようなものも既にあったため、革命期の中心的課題は、権力よりも権威の確立であった。

 

第5章 創設(2)-時代の新秩序

  • 構成されること(相互約束)なく、単なる人間の集合体、群れにすぎない人民は権力の主体にはなり得ない。しかし、そのことをフランス革命の人たちは理解しておらず、未組織の人民を権力の主体にしようとしたため、暴力を引き起こしてしまった。
  • フランスの国家の政治構造や住民の絆があっという間に解体して、自然状態になげこまれたのは、フランスの諸身分や組織、議会などが相互約束に基づいているわけではなく、特権的な利益を中心に慣習的に形成されたものにすぎず、それは構成体とは言えないからである。国王から認められた慣習的な特権を守るために何となく存続している団体ではなく、新大陸の人たちのように、ゼロから相互約束によって政治体を構成したのでないと、暴力しか生み出さない。
  • 構成された団体が永続するには、その団体による統治が正当なものであることを保証する権威が必要になる。具体的には、政府の制定する法律に認証を与えるより高い法が必要になる。
  • 権力は草の根レベルに源泉があり、約束の積み重ねで構成されていく。それに対して権威は、現実の政治の動向から離れた超越的な領域にある。
  • 政体を構成する人民の権力と、その行為の帰結として書かれた憲法に備わる権威は異なっている。後者は前者によって思うようにいつでも変更できるわけではない。
  • 制度を成り立たせるために、理論的には絶対者(権威と権力の双方の源泉であるために、何でもできる神のような存在)が必要である。しかし、創設の実践をやり遂げた経験があるため、絶対者の理論がなくても、それに相当する機能をもつ制度を作り出せた。
  • 創設の行為それ自体が権威を含んでいた。その権威は、自分たちを導いた絶対者に対する信仰とは異なる。
  • アメリカ革命の指導者たちは、絶対者である神による創造としてはじまりを表象するヘブライ=キリスト教の伝統ではなく、人間の手による政治体の創設を強く意識したローマにモデルを求めた。
  • はじまり(多様性の創出)は、先行する原理によって説明・正当化できない代わりに、それ自体の中に自分を正当化する原理をもっている。アメリカ人は、絶対者の代わりに、創設の行為自体を崇拝の対象にした。このように、アメリカ革命の偉大さは、それまで不可避であると思われてきた革命=はじまりに際しての命令的な暴力の問題を回避したことにある。
  • アメリカ革命は、何かの瞬間にいきなりはじまりが出現したのではなく、植民地の住民たちの相互約束と討議の実践を通して自治のための原理が出来上がり、はじまり(革命)への備えがなされていた。すべてを見通し、完成への道を示してくれる絶対者はいなかったが、約束と討議の実践をした人たちの行為が、その役割を果たした。

 

第6章 革命的伝統とその失われた宝

  • アメリカは、革命によって構成された国であることを忘れ、革命を警戒している。
  • 自由な共和政こそがアメリカのよさである。したがって、アメリカがソ連と経済成長で勝負しようというのは間違っている。
  • 人間の精神的活動をきちんと捉える政治思想(革命とは、欠乏からの解放ではなく、自由を創設するものだという認識)が衰退したため、人間を必然性の原理に従って動く生物機械のように捉えてその行動原理を把握しようとする理論が広がった。その結果、公的領域におけるはじまりや複数性といったことが無意味になった。
  • 今日の語彙では「革命」というのが、構成された政治体を安定的に保持していることを含意していることがわかりにくくなっている。そこで、革命の思想的下地になったはずの公的精神という概念に注目する必要がある。
  • 公的精神と世論は対立するものである。世論のように情念によって人々の意見が一致してしまうのは危険である。なぜなら、意見の多様性がないところでは、同調圧力が働いて自発的に自らの意見を形成することが難しくなり、その気がなくなるからである。それに対して公共精神は、価値観を共有することではなく、共和政のあるべき姿について人々が多様な意見を出し合うことで培われる。
  • 革命は公的自由への権利を与えはしたが、それを活用するための空間までは整備しなかった。
  • アーレントは、公的自由の空間の可能性として評議会制の採用を評価している。評議会制というのは、全員が参加できる小さい単位で自治のための集会を組織し、その代表が集まってより上位の自治の単位をつくるようにすることである。パリ・コミューンやソヴィエトには、公的自由の空間をつくれる可能性があった。
  • ポジティブなフリーダム(自由)は、公的領域における活動の自由であり、平等な者同士の間でしかありえない。その平等性は、法的な資格付与なしによって初めて成り立つ。それが現われの空間である。現われの空間は、単なる抽象概念ではなく、物理的・制度的基盤によって成り立つ。
  • われわれは革命精神にふさわしい制度を発見することに失敗した。その失敗が最終的なものになるのを防ぐには、記憶と回想によるしかない。政治の本質は、利害の調節ではなく、公的領域における現われであり、現われの空間をつくり出すことが、革命の本来の目的である。

 

<まとめ>

 革命の成功の基準は自由の構成である。市民たちが自由に活動できるか公的領域を構成したうえで、権力から区別される権威をつくり出し、権力の暴走を抑え、公的領域を守る必要がある。

 

革命について (ちくま学芸文庫)

革命について (ちくま学芸文庫)

 

ダイヤモンド博士の”ヒトの秘密”(前編)

第1回 チンパンジーからヒトへ 1.6%のドラマ

 

第2回 動物のコトバ、ヒトの言語

  • 人間は進化の過程で言語を手に入れ、高度な文明を築いてきた
  • テーマ①:動物にも言語はあるのか?
  • ベルベットモンキーやプレーリードッグは状況に応じて単語を使い分ける
  • しかし、動物のコトバには文法がない
  • テーマ②:人間の言語はどう発達したか?
  • 名詞のみ→言語は少しずつ複雑に進化し、農園で話されていたピジン語(農園や交易の場で、異なる言語の人たちがコミュニケーションするために生み出したシンプルな言語)のように形容詞や副詞も含まれるようになった→クレオール語ピジン語を話す両親の子どもが生み出した言語:シンプルな言語だけでなく、人としての想いを精一杯表現し体と思う執念が生んだ)のように単語の順番が任意で、代名詞などが加わった複雑な言語が登場→私たちが使っている言語
  • 言語は民族文化の要である
  • 現在、地球上でおよそ7000の言語が話されている
  • 60年後には、今ある7000語のうち6800くらいの言語が失われてしまう可能性がある

 

第3回 芸術(アート)のジョーシキを疑え

  • テーマ:ヒトは何を求めて芸術を生み出すようになったのか?
  • ダイアモンド博士による芸術の定義①:生きていくために必要な機能がない(グレーゾーンあり)
  • 芸術の定義②:美的欲求を満たす
  • 芸術の定義③:習得するもの
  • 動物は芸術を生むのか?
  • 動物は芸術で異性を惹きつけるためのシグナルを発する
  • ヒトも動物と同じように芸術を通じて異性へのシグナルを発信していた(30万年前の石斧)
  • 芸術は美しいという感覚を提供すると同時に生きることに役立つ機能を果たす
  • 異性を惹きつけるという機能から崇高な芸術へと変化した

<2.3回まとめ>

芸術と言語がヒトと動物をつなぐ

 

第4回 性と出会いのメカニズム

・進化の2つの考え方

自然淘汰:すべての生物は周囲の環境に適応するように変化してきた

②性淘汰

<性淘汰ではどのような特徴が好まれるか?>

a. 自然淘汰で有利な特徴

b. 自然淘汰とは関係のない独自の特徴

c. 自然淘汰に不利な特徴=ハンディキャップ理論(クジャクの飾り羽など)

 

<ヒトの恋人選び>

・自分と似ている人に惹かれる

・近親相姦を避けて近すぎない人を選ぶ(動物の性淘汰の仕組みを受け継いでいる)

 

<人種の起源

自然淘汰と性淘汰は人種の違いにも影響している

・肌の色は自然淘汰と関係している(例外:赤道付近のアマゾンに住む人の肌は白い)

・目や髪の色は性淘汰に関係している

 

第5回 夫婦の起源 性の不思議

ゴリラ:一頭のオスにメス数頭のハーレム

チンパンジー:グループ内で自由に交配

 

ほとんどの哺乳類:子育てはメスに任せる

ヒト:夫婦で子育て

 

一夫一妻:オスとメスが同じ大きさ(ヒトでは一般的だが、動物の世界ではめずらしい)

一夫多妻:オスがメスよりも大きい(ゴリラ:オスはメスの2倍)

 

ヒトはなぜ一夫一妻か?

・類人猿(ヒト以外)は、父親が育児を手伝わない

<理由>

チンパンジーのメスは群れの多くのオスと交配するので、オスはどの赤ん坊が自分の子どもなのかわからないから

②子どもは4歳で独り立ちするから

 

・ヒトは父親が母親と一緒に子育てをする

<理由>

20年かけて子どもを育てるため、自分の子どもでなかったら納得できないから

 

浮気の生物学的なメリットは?

・より多くの子どもに自分の遺伝子を残せる

 

進化にとって浮気のリスクとは?

・パートナーを失う

・浮気中に自分のパートナーが浮気する

 

女性の浮気の生物学的なメリットは?

・子どもの遺伝子の多様性のため

 

<動物とヒトの違い>

動物はいつでもセックスをするわけではない(哺乳類はメスが排卵して受精可能な時にだけ交尾する)

チンパンジーのメスは排卵を迎えると性器がピンク色に腫れる(ほとんどの哺乳類:排卵が明白、ヒト:排卵がわからない)

動物は隠れてセックスしない

・人間は楽しむために性交する

 

排卵が隠された理由

①男性の育児参加を促すため(性行為と引き換え)

②男性が女性と一緒に暮らすようにするため(定期的なセックス)

③子どもの命を守るため(生まれた子どもが誰の子どもかわからない)

④妊娠を恐れないようにするため

 

排卵がわからない、隠れてセックスをする

↓(揉めごとを起こさない)

家族同士が協力

 

人は倫理や道徳に基づいて行動を選択できる

進化の論理を超える

遺伝子の奴隷ではない

 

第6回 不思議いっぱい ヒトの寿命

寿命はどうやって決まるのか?

ヒトの体の修復=コストの最適化(修復と繁殖のバランス)

・ウサギなどの小動物 短命(繁殖>修復)

・鳥やカメ 長生き(繁殖<修復)

 

閉経はヒトに何をもたらしたのか?

・ヒトは閉経して自分の体を守り、子や孫の面倒を見るように変化した

 

 

 

 

『全体主義の起源 Ⅲ全体主義』ハナ・アーレント

第1章 階級社会の崩壊

 全体主義運動は大衆運動であり、それは今日までに現代の大衆が見出し自分たちにふさわしいと考えた唯一の組織形態である(6)。

 階級社会の崩壊によって多くの人々は生活の基盤を奪われ、バラバラに孤立した大衆が生まれた。その大衆が全体主義を動かした。

 

 「大衆」という表現は、人数が多すぎるか公的問題に無関心すぎるかのために、人々がともに経験しともに管理する世界に対する共通の利害を基盤とする組織、すなわち政党、利益団体、地域の自治組織、労働組合、職業団体などに自らを構成することをしない人々の集団であればどんな集団にも当てはまるし、またそのような集団についてのみ当てはまる。潜在的には大衆はすべての国、すべての時代に存在しており、たとえ高度の文明国であっても大抵は住民の多数を占めている。ただ彼らは正常な時代には政治的に中立の態度をとり、投票をせず政党に加入しないことで満足しているのである。

 ファッシスト運動であれ共産主義運動であれヨーロッパの全体主義運動の興隆に特徴的な点は、これらの運動が政治的には全く無関心だと思われていた大衆、他のすべての政党が馬鹿か無感覚で相手にならないと諦めてきた大衆からメンバーをかき集めたことである(10)。

 大衆は共通の利害に基づいていない、政治に無関心な人々の集まりである。

 

第2章 全体主義運動

 人間というものは、アナーキックな偶然と恣意に為す術もなく身を委ねて没落するか、あるいは一つのイデオロギーの硬直し狂気じみた首尾一貫性に身を捧げるかという前代未聞の選択の前に立たされたときには、必ず後者の首尾一貫性の死を選び、そのために肉体の死をすら甘受するだろう-だがそれは人間が愚かだからとか悪人だからとかうためではなく、全般的崩壊の混沌の中にあっては虚構の世界へのこの逃避は、ともかくも彼らに最低限の自尊と人間としての尊厳を保証してくれると思えるからなのである(82)。

 根無し草の大衆は、最低限の自尊と人間としての尊厳を保証してくれる虚構の世界を求めた。

 

 全体主義運動はプロクルステスのベッドに世界を縛りつける権力を握る以前から、首尾一貫性の虚構の世界をつくり出す。この虚構の世界は現実そのものよりはるかによく人間的心情の要求に適っていて、ここで初めて根無し草の大衆は人間の想像力の助けによって世界に適応することが可能となり、現実の生活が人間とその期待に与えるあの絶え間ない衝撃を免れるようになる(83)。

 全体主義的な政党は嘘の世界を提示した。根無し草の大衆は、自分たちの要求が適う嘘の世界に逃げ込んだ。

 

 周知のようにユダヤ人の世界陰謀の作り話は、権力掌握前のナツィのプロパガンダのうちで最大の効果を発揮した嘘となった。反ユダヤ主義は十九世紀末葉以来、デマゴギープロパガンダの最も効果的な武器となっており、ナツィが手を貸すまでもなくすでに二十年代のドイツとオーストリアで世論の最も強力な要素の一つをなしていた(84)。

 ナチスは大衆を惹きつけるために、反ユダヤ主義ユダヤ人による世界陰謀の作り話を利用した。

 

 ナツィ以前およびナツィ以後のいかなる大衆プロパガンダより現代大衆の願望をよく知っていたナツィ・プロバガンダは、「ユダヤ人」を世界支配者に仕立て上げることによって、「最初にユダヤ人の正体を見抜いて戦った民族がユダヤ人の世界支配の地位を引き継ぐだろう」ことを保証しようと狙った。現代ユダヤ世界支配のフィクションは、将来のドイツ世界支配の幻想を支える基盤となったのである(92)。

 大衆がユダヤ人による陰謀論を信じ、さらに想像を働かせたため、ナチスの世界観が強化された。プロパガンダの嘘は一旦「生ける組織」の中に具現されてしまえば、組織自体の全構造を危うくすることなしにそれを取り除くことはもはや不可能となる(97)。大衆は反ユダヤ主義イデオロギーのもとに自発的に動き始めた。

 

 模範として秘密結社が全体主義運動に与えた最大の寄与は、奥義に通ずるものとそうでない者との間にヒエラルヒー的な段階づけをすることから必然的に生ずる、組織上の手段としての嘘の導入である。虚構の世界を築くには嘘に頼るしかないことは明らかであるが、その世界を確実に維持するには、嘘はすぐばれるという周知の格言が本当にならないようにし得るほどの緻密な、矛盾のない嘘の網が必要である。全体主義組織では、嘘は構造的に組織自体の中に、それも段階的に組み込まれることによって一貫性を与えられており、その結果、純真なシンパサイザーから党員と精鋭組織を経て指導者側近に至る運動の全ヒエラルヒーの序列は、階層ごとの軽信とシニニズムとの混合の割合によって判別できるようになっている。全体主義運動の各成員は、指導層の猫の目のように変る嘘の説明に対しても、絶対不変の中心的な運動のフィクションに対しても、運動内で各自の属する階層と身分に応じた一定の混合の割合をもって反応するように決められているのである。このヒエラルヒーもやはり、秘密結社ににおける奥義通暁の程度によるヒエラルヒーときわめて正確に対応している(130.131)。

 ナチスは秘密結社的なヒエラルキーを導入した。それは人々が何とかして真実を知りたいと思わせるようなヒエラルキーである。そのヒエラルキーの中では、信用され、階層が上がれば、多くのことを知ることができる。このようなヒエラルキーによって、忠誠心や組織の求心力を高めることができた。

 

第3章 全体支配

 全体主義的権力者は運動が権力を掌握した際の社会的崩壊の状況をあらゆる手段をもって維持しなければならず、自分がこれまでずっと約束して来たことが実現すること、つまりあらゆる生活関係の新秩序と、この新秩序の上になりたつ新しい正常性および安定とを妨碍しなければならない(146)。

 全体主義運動は体制が安定してしまうと、大衆の求心力が失われてしまう。

 

 第三帝国の初期には、ナツィは多少とも重要な官庁はすべて二つ設けて、同じ職務が一つは官吏によって、もう一つは党員によって執行されるようにすることに熱心だった(154)。

 組織を二重化することで、統治を不安定なものにした。そうすることによって、大衆の求心力を維持することができた。さらにナチスは組織を多重化していき、組織への求心力を高めていった。

 

 全体主義支配機構の権力中枢として正体をあらわす唯一の機関は、秘密警察である(194)。秘密警察は指導者に従属し、指導者が決めた敵の静粛に手をかす(205.206)。指導者が決めた敵は地上から抹殺されなければならない。そのための装置が強制収容所である。

 

強制収容所という死体工場を生み出し、人々がそれに適応していったプロセス(245)>

 全体的支配への道の決定的な第一歩は人間の法的人格を殺すことだった。無国籍者の場合この殺害は、彼がすべての現行法の保護を受けられなくなることで自動的に完了する。全体的支配のもとではこの自動的殺人は計画的殺人となる。計画的殺人はこうして始まるのだが、その際強制収容所は常に正規の刑執人とは別の枠に入れられ、被収容者は「刑法に触れる、もしくはその他何らかの意味で非難すべき所業の報いによって」収容所に送られることあり得ない。いついかなる場合にも全体的支配は、ユダヤ人・保菌者・死滅する階級の代表者でありはするが、善き行為にせよ悪しき行為にせよ一切の行為の能力をすでに失ってしまった人々を、収容所に集めるように心がける(246)。

 まず初めにユダヤ人の法的人格が剥奪された。

 

 被収容者をカテゴリーに分けることは収容所の管理のための戦術的・組織的な装置だったに反して、収容所の囚人の供給の出鱈目さはまさにこの制度そのもののあらわれだった。政治的反対派の存在ということは強制収容所制度にとっては一つの口実にすぎず、恐るべき威嚇によって住民が多かれ少なかれ自発的に均制化されて-ということは、彼らの政治的権利を放棄するということだか-しまわなければ、この制度の目的は達成されない。この出鱈目さの目指すところは、全体主義政権に支配されているすべての人々の市民的権利を奪うことであって、その結果彼らはしまいには自分の国のなかにいながら、彼ら以外には無国籍者や祖国喪失者のみにしか見られぬほどまでに法の保護を失った存在になってしまうのである。人間からその権利を奪うこと、人間の裡にある法的人格を殺すこと、これは全体的な支配がおこわれるための前提条件であり、自由な同意ということさえもこの支配にとっては邪魔になるのだ(252)。

 ユダヤ人だけでなく、全体主義に支配されているすべての人々も法的人格を奪われた状態となった。これが全体主義的な支配が行われるための前提条件である。

 

 生きた屍を作り出すための次の決定的な方法は道徳的人格の虐殺ということだ(253)。

 強制収容所は死そのものをすら無名なものとすることで-ソ連では或る人間がすでに死んでいるかまだ生きているかをつきとめることすらほとんど不可能なのだ-、死というものがいかなる場合にも持つことができた意味を奪った。それは謂わば、各人の手から彼自身の死を捥ぎ取ることで、彼がもはや何ものも所有せず何ぴとにも属さないということを証明しようとしたのだ。彼の死は彼という人間がいまだかつて存在しなかったということの確認にすぎなかった。

 人間の道徳的人格というものが社会および他の人間との共同生活に根差しているかぎり、道徳的人格のこの毀損に抗してなおかつ次のような態度を取ることができただろう。すなわち、自己の良心と、死の手先として生きるより犠牲者として死ぬほうがとにかくましだという主観的な心の慰めとに頼ることである。道徳的人格のこの個人主義的な逃道を、全体主義政府は良心の下す決断そのものをまったく不確かな曖昧なものとすることによって封じてしまった(254)。

 次に全体主義体制は、良心が適切に機能しない条件をつくり出すことによって、犯罪にすべての人を巻き込んだ(道徳的な人格の崩壊)。

 

 道徳的人格を殺し法的人格を抹消した後に個体性を破壊することはほとんど常に可能であるということは、被収容者自身の態度を見れば一番はっきりする。数百万もの人間が犯行もせずに毒ガスによる死に送り出されていた理由は、集団心理学の何らかの法則によって説明され得るかもしれない-たといその法則では個体化の逆行ということ以外の何ものをも説明し得ないとしても。この点に関してもっと重要なのは、個別的に死の判決を受けた人々が刑の執行者をせめて一人でも死の道連れにしようとしたことはきわめて稀でしかなかったし、本格的な暴動などはほとんど起こらなかったのみか、解放の時点にすらも何らかの自然発生的なSS虐殺が起らなかったということである。というのは個体性の破壊ということは、自発性の-つまり、環境や事件に対する反応では説明され得ない或る新しいものをみずから進んで創始する能力の-抹殺にほかならないからである。その後に残るのは、生身の人間の顔を与えられているが故にかえって不気味な、例外なしに死にいたるまで唯々諾々と反応を-反応のみを-つづけるパヴロフの犬と同様にふるまうあの操り人形なのだ。これこそこのシステムの最大の勝利である(258)。

 最後に、(強制収容所において)人間の個性・個別性、その人固有のアイデンティティが人間から抹殺される。

 

 実は収容所は他のすべての制度よりも効果的に体制側の権力維持に役立つのである。収容所がなく、収容所に対する漠然とした恐怖がなく、全体的支配のための非常に明確な訓練がなければ、全体的支配はその中核部隊に狂信を植えつけることも一民族全体を完全なアパシーのうちにとどめておくこともできない(260)。

 

第4章 イデオロギーとテロル

 この強制と、矛盾の中で自己を喪失しはすまいかという不安とに対する唯一の対抗原理は、人間の自発性に、「新規まきなおしに事をはじめる」われわれの能力にある。すべての自由はこの<始めることができる>にある。始まりについては必然的論証もまったく力を持たない。なぜなら始まりはいかなる論理的連鎖から導き出されるものでもないからだ。それどころかすべての演繹的思考は、必然的論理を展開するためにはまず始まりというものを前提しなければならない。だからこそ「Aと言ったらBと言わなきゃならない」式の論証は、何らかの時点であらたに開始される経験および思考のすべてを容赦なく排除することの上に成立っているのである(291.292)。

 この内的強制は論理性の専制であって、専制に対抗し得るものは新しいことを始めるという人間の偉大な能力のほかにはない。論理性の専制は、人間が自分の思想を生み出すときに頼る無限の過程としての論理に精神が屈服するときにはじまる。人間は外的な専制に対して頭を下げるときに運動の自由を放棄するが、それと同様にこの論理への屈服によって人間は内的な自由を放棄するのだ。人間の内的な能力としての自由が何かを始める能力と同一であることは、政治的現実としての自由が人間と人間とのあいだにある運動の空間と同一であるのとまったく同じである(317)。

 

全体主義の起原 3 ――全体主義

全体主義の起原 3 ――全体主義

 

 

 

『全体主義の起源 Ⅱ帝国主義』ハナ・アーレント

第1章 ブルジョワジーの政治的解釈

 永続性のある世界帝国を建設し得るのは、国民国家のような政治形態ではなく、ローマ共和国のような本質的に法に基づいた政治形態である。なぜなら、そこには全帝国をになう政治制度を具体的に表わす万人に等しく有効な立法という権威が存在するから、それによって征服の後にはきわめて異質な民族集団も実際に統合され得るからである。国民国家はこのような統合の原理を持たない。それはそもそもの初めから同質的住民と政府に対する住民の積極的同意とを前提としているからである。ネイションは領土、民族、国家を歴史的に共有することに基づく以上、帝国を建設することはできない。国民国家は征服を行った場合には、異質な住民を同化して「同意」を強制するしかない。彼らを統合することはできず、また正義と法に対する自分自身の基準を彼らにあてはめることもできない。従って征服を行えばつねに圧政に陥る危険がある(6)。

 西欧諸国は国民国家の体系が完成すると、次第に工業製品の原材料や市場を求め、アフリカに進出し、競って植民地を拡大していった(「アフリカ争奪戦(1)」)。しかし、「アフリカ争奪戦」にはじまった帝国主義は、国民国家とは相容れないものであった。法を備え、市民権を拡大することで異民族を統合した古代ローマ帝国に対して、19世紀の帝国主義は、同質性(国民国家)の原理に基づく帝国であった。

 

第2章 帝国主義時代以前における人種思想の発展

 「アフリカ争奪戦」によってヨーロッパ世界が味わされた新しい衝撃的な経験がなかったならば、人種的世界観も他の世界観と同様に自然消滅してしまっただろうことは間違いない(102)。

 ヨーロッパでは18世紀の時点で、人種思想の最初の芽が萌芽していた(64)。自然消滅するはずであった人種思想は、「アフリカ争奪戦」によって、さらに加速し、人種主義へと変化した(「人種」が政治的イデオロギーとして使われるようになった)。

 

第3章 人種と官僚制

「アフリカ争奪戦」にはじまる帝国主義は、支配装置としての「人種」と「官僚制」を発見した。

 

 二十世紀の人種思想に決定的意味をもったのはヨーロッパ人がアフリカで味わった経験であるが、これが初めてヨーロッパの人々の意識に広く滲透するようになったのは「アフリカ争奪戦」と膨張政策によってある。アフリカに根を下ろしていた人種思想は、ヨーロッパ人が理解することはおろか自分たちと同じ人間と認める用意さえできていなかった種族の人間とぶつかったとき、その危機を克服すべく生み出した非常手段だった(105)。

 海外帝国主義(「アフリカ争奪戦」)は、ヨーロッパの人々に「人種」というものを強く意識させるきっかけとなった。

 「アフリカ争奪戦」よりも前にアフリカに根を下ろしていたブーア人は、「人間とも動物ともつかぬ存在に対する恐怖(105)」から人種思想を生み出した。

 

 ほとんど動物的な存在、つまり真に人種的存在にまで退化した民族に対する底知れぬ不安、その完全な異質さにもかかわらず疑いもなくホモ・サピエンスであるアフリカの人間に対する恐怖が。なぜなら人類は、未開の野蛮民族を目のあたりにしたときの驚愕をたとえ知ってはいたにせよ、個個の輸入品としてではなく大陸全体に犇く住民としての黒人を見たときのヨーロッパ人を襲った根元的な恐怖は、他に比すべきものを持たなかったからである。それはこの黒人もやはり人間であるという事実を前にしての戦慄であり、この戦慄から直ちに生まれたのが、このような「人間」は断じて自分たちの同類であってはならないという決意だった。この不安とこの決意の根底には、人間であることの事実そのものに対する疑惑とおそらくは絶望とが潜んでいた。そしてこの不安と決意から生まれたものがキリスト教に似て非なるブーア人の新しい宗教であり、その基本的ドグマはブーア人自身の選民性、白い皮膚の選民性なのである(121)。このように「アフリカ争奪戦」が始まる前から、人種によって支配するという土台が作られていた。

 

 官僚制はアルジェリア、エジプト、インドで発見された(104.105)。

 

 ヨーロッパのモッブが、例えば白い皮膚は南アフリカでは「すばらしい美徳」となり得ることに気付いたとき、インドのイギリス人征服者たちが本国の法律の優越性をではなく自分たちの征服者としての生まれながらの資質を信ずる帝国主義的行政官となったとき、竜退治騎士と冒険者が「高級人種」たる「白人」、あるいは無限の動機を秘めた無限の<大いなるゲーム>に加わる官僚とスパイに変貌を遂げたとき、第一次世界大戦後ますます多くのイギリス最良の息子たちが本国に留って国のために尽すよりはイギリス情報局に入って世界を股にかけた<大いなるゲーム>に加わろうとしたとき-このときこそ、人種理論に基づく全体主義支配をうち樹てるに足るすべての要素が誰の目にも明らかなほど現実に揃ったと思われた(159.160)。

 アフリカで展開していたイギリスの支配によって、人種主義や官僚制といった全体主義の前提となる要素が出そろった。しかし、イギリスと植民地の距離が離れていたため、イギリス本国での全体主義支配に抑制がかかった。一方で、大陸ヨーロッパ帝国主義運動の場合には事情は異なっていた。

 

第4章 大陸帝国主義と汎民族運動

 人種イデオロギーを直接政治に転化し、「ドイツ人の将来は血にかかっている」ことを疑問の余地のないこととして主張する役割をはじめて担ったのは、大陸帝国主義だった。確かに汎ドイツ主義者は西欧の帝国主義者と全く同じく国民国家とその諸制度を軽蔑していた。しかし彼らは経済上の考慮から出発して国民国家に抵抗したのではなく-この考慮ならば国民的必要にともかく合致していたが-、「国家」と国民意識に対立するものとして、歴史、言語、居住地とは関りなく同一民族の血をひくすべての人間を包括すべき「拡大された種族意識」を持ち出したのである・・・大陸帝国主義は、おそらく海外帝国主義への反動として成立したことによるのだろうが、海外帝国主義の場合のように植民地での経験を経ることなしに最初から人種主義の方向とり、十九世紀が伝えた人種世界観をはるかに熱狂的にまた意識的にわがものとしたとしたのである(164)。

 海外進出に遅れをとり、十分な植民地を獲得できなかったドイツのようなヨーロッパ諸国は、ヨーロッパ大陸内でその規模を広げようとした。そのような大陸帝国主義は、経済的な理由からではなく、拡大された種族意識(ヨーロッパ各地に広がっている血の繋がった同胞を助ける必要があるという思い/血の繋がった同胞が住んでいる地域はもともと本国の土地であり、その土地を取り返す必要があるという思い)から国民国家の狭さに反対したため、人種主義と結びつきやすかった。

 

 種族的ナショナリズムは最初から現実には存在しない架空の観念を拠りどころとし、それを過去の事実によって立証する試みさえ全くせず、その代わりにそれを将来において実現しようと呼びかけるのである。・・・伝統、政治的諸制度、文化など、自民族の目に見える存在に属する一切のものを基本的にこの「血」という虚構の基準に照して測り断罪するという点こそ、種族的ナショナリズムを他と識別し得る特徴である(170)。

 種族的ナショナリズムを正当化するために、「血」という虚構の尺度を持ち出した。このような論理によって、ある程度の同質性を保っていた国民国家としての国境を越え、国民国家の枠組みを壊して、侵略を容認するようになった。

 

 政治的に見れば種族的ナショナリズムの特徴をなすのは、自分の民族が「敵の世界に取り囲まれて」、「一人で全部を敵とする」状態に置かれているという主張である。この立場からすれば、自分と他の一切との間の相違以外にはおよそ相違というものは存在しなくなる。種族的ナショナリズムはつねに、自分の民族は唯一独自の民族であり、その存在は他民族の同権的存在と相容れないと主張する(170)。

 種族的ナショナリズムは、敵の世界を想定し、自らの唯一独自の特質を強調し、異なる民族の存在を否定するところに特徴がある。(種族的ナショナリズムは汎民族運動を引き起こし、そこには人種主義が伴っている。)

 

 汎民族運動の反ユダヤ主義とともに、ユダヤ人は突如として二十世紀の諸事件の嵐の中心に置かれた。ヨーロッパのユダヤ民族の歴史について言えば、それは終りが始まったことを意味していた。一民族が自分たち自身の歴史によってかくも苛酷にそしてかくも的確に報復されたことは、ほとんど他に例がないといえるだろう。ユダヤ人はこの醜悪な種族主義的歪曲という形で自分たち自身の選民主張を鼻先に突きつけられたのだった(196)。

 人種主義と接近した種族的ナショナリズム反ユダヤ主義と結びつく。

 

 法と適法性に対する侮蔑はあらゆる帝国主義的行政官につきものであるが、大陸帝国主義の場合はそれが遥かに公然と表明され、遥かに徹底したイデオロギー的正当化を施されている(198)。

 大陸帝国主義による官僚制は命令による支配であり、法を軽視している。

 

 ヨーロッパの政党制を実際に崩壊させたのは確かに汎民族運動ではなく全体主義運動である。しかし汎民族運動は、帝国主義的諸団体に著しかったスノビズム(イギリスでは富と生れの、ドイツでは教養のスノビズム)を拭い去ることによって、人民を代表することを看板にしたすべての制度に対する民衆の不信を実際に利用することができたという限りでは、やはり全体主義運動の先駆者だった(212)。

 政党や議会に対する民衆の疑念や憎悪によって、汎民族運動は政治的な組織基盤である政党を破壊した。こうして汎民族運動は政党制を超越した運動として組織された。汎民族運動の政党制に対する敵意が、全体主義運動のさきがけとなった。

 

 政党に対抗して汎民族運動の中から諸組織が生れ、政党にとって直ちに危険なものとはならなかったにせよ、国民国家的な意味での国家も政党もこの国家形態・支配形式のもとで生ずるヨーロッパの政治問題を解決する能力がないことをすでに示していた(233)。

 汎民族運動によって、国民国家が解体した。

 

第5章 国民国家の没落と人権の終焉

 無国籍ということは現代史の最も新しい現象であり、無国籍者はその最も新しい人間集団である。第一次世界大戦の直後に始まった大規模な難民の流れから生れ、ヨーロッパの諸国が次々と自国の住民の一部を領土から放逐し国家の成員としての身分を奪ったことによってつくり出された無国籍者は、ヨーロッパ諸国の内戦の最も悲惨な産物であり、国民国家の崩壊の最も明白な兆候である。十八世紀も一九世紀も、文明国に生きながら絶対的な無権利状態・無保護状態にある人間を知りはしなかった。第一次世界大戦以来、どの戦争もどの革命も一律に権利喪失者・故郷喪失者の大群を生み出し、無国籍の問題を新しい国々や大陸に持ち込むようになった(251)。

 第一次世界大戦中にロシア革命が起き、多くの亡命者がヨーロッパに流入した。さらに大戦後の分離・独立で国境が大きく動き、ヨーロッパ内に大量の難民が発生した。そのような彼らは、「職業も国籍もまた意見も持たず、自分の存在を立証し他と区別し得る行為の成果を持たないこの抽象的な人間は、国家の市民といわば正反対の(289)」存在である。

 

 更にまた亡命者の数の絶えざる増大はわれわれの文明と政治世界にとって、かつての野蛮民族や自然災害に似た、おそらくはもっとおそるべき脅威となっている。ただ今日の場合は、どれかの一文明ではなく全人類の文明が危地に立たされているのである。地球全体を隅なくつなぎ合わせ包み込んでしまった文明世界は、内的崩壊の過程の中で数百万という数え切れぬほどの人間を未開部族や文明に無縁の野蛮人と本質的には同じ生活状態に突き落とすことによって、あたかも自分自身の内から野蛮人を生み出しているかのようである(290)。

 人権を剥奪された人間の増大によって、政治的世界が崩壊した。

 

<まとめ>

帝国主義政策から生じた汎民族運動による国民国家と政党制の解体。

 

全体主義の起原 2 ――帝国主義

全体主義の起原 2 ――帝国主義

 

  

 

石井光太『絶対貧困』

第1部 スラム編

第1講 スラムの成り立ち

 「絶対貧困」と呼ばれる1ドル以下で暮らしている人は12億人以上にのぼると推測されています(16)。

 貧しい人々は次のような追い出されない場所にバラックを建てようとします(19)。

 ・危険な場所・・・川べり、土手、鉄道沿い

 ・不潔な場所・・・ゴミ集積場、下水の溢れる場所

 ・目立たない場所・・・人気のない街角、隔離された居住区

<貧民の寝場所の推移>

路上で寝る→テントハウスをつくる→バラックを建てる

 イスラームの国では、宗教的にポルノが厳しく取り締まられています(28)。・・・そこでイスラーム教徒たちは普段町で清い生活をし、欲求不満になった時だけスラムへ行ってキリスト教徒たちからアダルトビデオを借りるなど「神に反く行為」に手を染めるのです(29)。

 

第2講 人々の暮らしと性

<スラムの食>

・火や油をつかった料理が多い・・・火や油をつかうのは、鮮度の悪いものを食べられようにするためです(43)。

・肥満の人が多い(46)・・・食生活の偏りのため(カロリーの高いチキンだけを食べ、ビタミンは錠剤で補う)

<夫婦の営み>・・・即挿入(47)

 理由:体を洗っていないために汚いという観念があるため、早く射精することで、家族を起こさないようにするため。

 

第3講 表の職業 裏の職業

<表の職業>(58)

・人力車。自転車タクシーの運転手

・廃品回収業

 途上国を旅行しているとよく人々がゴミを道路に投げ捨てている光景を見かけます。彼らは「廃品回収者にくれてやる」という意識でゴミを投げ捨てているのです。

・日雇いの肉体労働者、家政婦

 

<グレーゾーン>(62)・・・都市におけるガス抜きの場所

・アダルトビデオ屋

・密造酒の売買

 

<スラムの闇>(66)

・麻薬売買

・武器売買

・臓器売買

・人身売買

 

第4講 貧民の流入と流出

 送金すればするだけ、より多くの人たちがその恩恵に与ろうとと集まってきてそれを吸い取ってしまうので、これだけ稼いだら十分ということはないのです。そのため、十年間働き続けて一千万円以上送金したのに、帰ってみたらいっそう貧しくなっていたことなんてこともざらにあるのです(91)。

 

第2部 路上生活編 

第5講 路上生活者とは

 アフリカの路上生活者たちは性別ごとに「男だけのグループ」「女だけのグループ(子供あり)」といったように分かれています。・・・一方、アジアの路上生活者は親族ごと、あるいはいくつかの家族が集まって一つのグループを形成しています(99)。

<理由>

・アフリカ:ギャング化(女だけで集まって身を守る)

・アジア:庶民の中に溶け込むようにして暮らす文化(相互監視システム)

 

路上生活者の天敵:①季節、②警察(路上生活を見逃してもらうために賄賂を支払う)

 

第6講 恋愛から婚姻

 新婚夫婦はその気になるとコソコソとビルの陰や公園の茂みで二人だけの時間を満喫するのです。おかげで、都会の真ん中にある公園がラブホテル化してしまっているケースが多々あります(123)。

 

路上生活者には、重婚が多い

<理由>

①婚姻届を出さない

②浮浪的生活ゆえの重婚

③助け合いの重婚(イスラームの神アッラーの教えのため)

 

第7講 出産から葬儀

 彼ら(路上生活者)にとって最大の天敵は感染症です。・・・日本(子供)の死因の中に感染症は肺炎だけしか入っていませんが、アフリカのそれは上位のすべてを感染症が占めています(139.141)。

 検査や治療に莫大な費用がかかる場合がある。このようなことから、物乞いが病院から出された診断書や処方箋を通行人に見せてお金を求めることがあります(143)。

 彼らは生きたいからこそ、伝統薬に頼ったり、呪術師のもと行ったりするのです。それが彼らに残された唯一の道なのです(145)。

 

第8講 物売り

  • 物売り/正統派・・・新聞売り、煙草売り、お菓子売り
  • 物売り/怪しい型・・・精力剤売り
  • 物売り/物乞い型・・・ティッシュ売り(人々はその品が欲しいから買うのではなく、「売っている人がかわいそうだから」という理由で買う)
  • 物売り/福祉型・・・宝くじ売り(政府は宝くじの販売権を優先的に障害者に与えることで仕事を提供する)

 

第9講 物乞い

  • 健常者の物乞いランク:赤子>老人>女性+赤子>女性>青年>成人男性
  • 障害者や病人の物乞いランク:ハンセン病>象皮病>四肢切断>全盲、知的障害>片手、片足>片目の障害>火傷、皮膚病、その他軽い障害

・アピール型物乞い(自分の病状がどれだけ惨めかを強く訴える)

・芸人型物乞い(盲目の演奏家

 

第10講 ストリートチルドレン

ストリートチルドレンになる理由

①親を失う(戦争、災害、病気)

②家出(家庭内暴力、両親の離婚、両親の薬物中毒)

 

 子供たちが町の路上で暮らすようになった時、少なくて3.4人、多くて20人以上のグループを形成して生活をするようになります。・・・彼らがグループをつくるのは、「危険から身を守る」「寂しさをまぎらわす」「路上生活のノウハウを伝える」といった理由からです(203.204)。

 

 子供たちにとって路上生活における精神の慰めは、シンナーなどの違反薬です。家族のいない寂しさ、路上暮らしの恐怖、寒さや暑さ、そういったことを忘れるためについつい手を伸ばしてしまうのでしょう(207)。

 

ストリートチルドレン男児ばかりである理由

・女児はすぐに犯罪に巻き込まれてしまう

・女児でも犯罪から身を守るために男装している

・親戚は大人しい女児しか預かろうとしたがらない

・女児の場合は児童福祉施設へ逃げ込むことが多い

・少女売春婦や家政婦として雇われる

 

ストリートチルドレンが瀕する危険

・戦争やテロへの強制参加(他には、シンナー、暴力、強姦、エイズ感染など)

 

ストリートチルドレンが抱える問題

・シンナーなどの薬物依存症

・教育や愛情の欠如によるコミュニケーション障害

・トラウマによる社会不適合

 

第11講 路上の犯罪

  • 犯罪組織がやっているビジネスの代理人になりやすい(路上生活者は顔が広いため)
  • レンタルチャイルド(犯罪組織がレンタルチャイルド・ビジネスに目をつけている:赤ちゃんの誘拐が起きる)
  • 物乞いビジネス(子供に障害を負わせて、物乞いをさせる:目をつぶす、唇・耳・鼻を切り落とす、顔に火傷を負わせる、手足を切断する)

 

第3部 売春編

第12講 売春形態と地域

・インドと中国の売春婦人口(247)

 2000万人(中国総人口約13億人)

 1000万人(インド総人口約10億人)

 

GDPにおける売春の占める割合(248)

 韓国 5%

 中国 6%

 

・地域ごとの形態(258)

①アジア:売春宿、ナイトクラブ、立ちんぼ、美容院

②中東:売春宿、洋服屋などの紹介(イスラーム教の関係)

③アフリカ:バー、立ちんぼ

<アフリカの売春宿が少ない理由>

 アフリカでは地域によって売春婦の9割以上がHIVに感染していると推測されています。これぐらいになると、住み込みで働こうとしても、大抵の女性が売春宿で働きだす前に感染していますから長くは働けません。

 

第13講 売春婦の実態

・売春の雇用関係(268)

①ナイトクラブ:教養のある若くて美しい女性

②売春宿(一般):地方の出身者

③売春宿(悪徳):人身売買で集められた若い女の子

④独立売春婦

 

・売春婦の格付け(285)

女子学生>出稼ぎ、主婦>スラムの女性>ストリートチルドレン上がりの女性

 

・途上国におけるHIV

 HIVの拡大には様々な要因が絡んでいきます。いわゆる教科書的な感染理由とは別に、迷信による少女強姦による感染(処女や少し変わった体の女性とセックスをすると、病気が治るという迷信)、若気の至りによる感染(注射器の使い回し)など、庶民レベルでは信じ難いほど多くの原因が溢れてるのです(297)。

 

第14講 性の国際化

・外国人売春婦のヒエラルキー

<国籍ヒエラルキーカンボジア)>(304)

①中国人(カンボジアでは華僑がビジネスを牛耳っているため)

ベトナム人カンボジア人より肌が白い)

カンボジア

 

<民族ヒエラルキー(中東)>(306)

①白人

②アラブ人

③アジア人

④黒人

 

<黒人ヒエラルキーケニア)>(309)

①ブラウン/小柄

②ブラウン/大柄

③ブラック/小柄

④ブラック/大柄

 

絶対貧困―世界リアル貧困学講義 (新潮文庫)

絶対貧困―世界リアル貧困学講義 (新潮文庫)

 

 

 

 

 

『全体主義の起源 Ⅰ反ユダヤ主義』ハナ・アーレント

第1章 反ユダヤ主義と常識

 ほかでもなく反ユダヤ主義が国民社会主義イデオロギーの核心、その結晶核をなしたことは偶然でしかなかったと、今なお多くの場合人々は考えている。・・・最後の破局がひきおこした戦慄と、生き残った犠牲者たちに帰るべき郷土も国もなかったことと、この二つだけの理由で戦後にいたってユダヤ人問題が政治問題として提起され、深刻に考えられるようになったにすぎない(1)。

 ナチスの登場と反ユダヤ主義との間には必然的な関係がある。多くの人々は、ナチスイデオロギーである反ユダヤ主義をたんなる権力掌握のための手段であると考えている。しかし、反ユダヤ主義は、ナチスの運動にとって本質的なものとして受け止めなければならない。

 

 国民国家の没落と反ユダヤ主義運動の擡頭が並行して展開したこと、国民国家の集合として組織されたヨーロッパの崩壊とユダヤ人の絶滅・・・とが時を同じくしたこと、この二つの事実は反ユダヤ主義の起源を示している・・・(13)。

 近代の反ユダヤ主義は、国民国家の崩壊とともに登場する。国民国家の衰退と反ユダヤ主義の興隆の相関関係を検証することが第Ⅰ部の課題である(ヨーロッパの一小族であり、それほど重要性をもたないように見えるユダヤ人の問題が、どうしてヨーロッパ中を巻き込むような破局をもたらすことになったのか?ユダヤ人絶滅という途方もない目標に向かって、人々を駆り立てていく反ユダヤ主義の本質はどこにあるのか?)。

 

第2章 ユダヤ人と国民国家

 まさに国民国家がその発展の頂点においてユダヤ人に法律上の同権を与えたという事実のなかには、すでに奇妙な矛盾がひそんでいたのである。なぜなら国民国家という政治体が他のすべての政治体と異なるところはまさに、その国家成員たる資格としてはその国に生まれていることが、その住民全体についてはその同質性が、徹底的に重要視されているということにあったからである。同質的な住民の内部ではユダヤ人は疑もなく異分子であり、それ故、同権を認めてやろうとすればただちに同化させ、できることなら消滅させてしまわねばならない(16)。

 国家を同質的なものにしようとすると、自分たちとは異なる異分子(ユダヤ人)を排除しようとするメカニズムが働いた。

 

 19世紀ヨーロッパにおいて完成した国民国家体制のもとで、ユダヤ人は他の民族よりも低い地位に貶められていた。それは、ユダヤ人が単一の国民国家に帰属していないからである。また、ユダヤ人は国民国家間の金融や外交の仲介者の役割を担っていたところに、他民族との違いがある(20-22)。

 

 国際的な商業カーストとして、いたるところで利害をひとしくする家族的コンツェルンとしてのユダヤ人の観念はくりかえしあらわれ、やがてこれらの観念は、王座のかげにかくれた隠密の世界勢力、あるいは世界のあらゆる出来事をあやつっている全能の秘密結社といった幻想に変る(50)。

 経済的に恵まれていたユダヤ人は多かった。そのため、あまり経済的に恵まれていない非ユダヤ系ヨーロッパ人たちは、ユダヤ人が政治や経済を裏で動かしているのではないかと考えるようになった。このようにユダヤ人への憎悪が爆発してもおかしくないような空気が漂っていた。

 

 反ユダヤ主義ユダヤ人憎悪は同じものではない。ユダヤ人憎悪というものは昔からずっと存在したが、反ユダヤや主義はその政治的またイデオロギー的意味においては十九世紀の現象である(51)。

 政治的には不毛なユダヤ人憎悪と近代的な反ユダヤ主義との相違を具体的に知るためには、東ヨーロッパのユダヤ人住民の状況と比較してみるのが一番よいだろう。ポーランドルーマニアユダヤ人憎悪は、西欧及び中欧諸国で見るものにくらべてはるかに激しい。そしてこの東欧のユダヤ人憎悪は西欧及び中欧のそれと異なって、本質的に政治的原因ではなく経済的によるものだった(51)。

 政治的な反ユダヤ主義は、ユダヤ人に対する憎悪とは区別しなければならない。19世紀の西欧に広がった反ユダヤ主義は、政治的な意味をもっている。

 

 ユダヤ人銀行家は最初のうちはせいぜいこの種の事業をいとなむしかなかったのであるが、幾度かの成功によってたちまち主として国債発行に関係する大手業者の仲間に加わったのだ。銀行家たちに対する小市民階級の憤激は理解できるが、彼らが経済的に依存している銀行資本が同時にまた彼らをもはや全然助けてくれない国家機構に一枚加わっているかのように見えたということがあってはじめて、この憤激は爆発的な政治的因子になった。ユダヤ系銀行に対する経済的憤激が重要であるのは、この憤激が政治的反ユダヤ主義に、十九世紀全期を通じてそれが本来持っていなかった激烈なユダヤ人憎悪をつけくわえてからでしかない(68)。

 下層中流階級の社会的・経済的なユダヤ人憎悪は政治的要素となり、政治的イデオロギーとしての反ユダヤ主義と、反ユダヤ主義政党を登場させることになった。

 

 第一次大戦前の20年間に反ユダヤ主義は一時的に衰退する(95-96)。この「安定の黄金時代(94)」の下に、反ユダヤ主義は政治の表舞台から姿を消した。しかし、社会的局面において次第につくられていったユダヤ人に対するルサンチマンは、第一次世界大戦後の反ユダヤ主義ユダヤ人に対する暴力へとつながった。

 

第4章 ドレフュス事件

 ドレフュス事件において重要なことは、フランスにはつい最近まで反ドレフュス派が存在したということではなく、『シオンの賢者たちの議定書』がまだあらわれていない時期に、すでに「秘密ローマ」もしくは「秘密ユダ王国」が世界をあやつる糸を手中に握っているかどうかという問題に一国民全員が頭を痛めていたということなのである(181)。

 そしてこの事件は一人のユダヤ人参謀将校の逮捕ではなく、パナマ運河疑獄からはじまる(181)。

 「安定の黄金時代」につくられたユダヤ人に対するルサンチマンは、ドレフュス事件として噴出した。パナマ運河疑獄事件によって、市民の反ユダヤ感情に火がつき、ドレフュス事件につながった。

 

ドレフュス事件

 1894年、フランス軍参謀本部に勤めるユダヤ系将校、アルフレド・ドレフュスがスパイ容疑で逮捕され、有罪判決を受ける。ドレフュスがユダヤ人だったことから、最初から必要以上に強い疑惑をかけられ、非公開審理により全員一致で終身流罪に処された。

 

パナマ運河疑獄事件

 パナマ運河の建設事業が破産状態であったにもかかわらず、債券が発行された。多くの大臣や議員たちが運河会社から賄賂を受け取っていたからである。そこにユダヤ人が関わっていたため、反ユダヤ感情に火がついた。

 

<まとめ>

 国民国家が形成される過程でユダヤ人の同化が進み、社会に溶け込んで活躍するようになればなるほど、ユダヤ人が国家を乗っ取り、世界征服を目論んでいるように見え始めた。

 

全体主義の起原 1 ――反ユダヤ主義

全体主義の起原 1 ――反ユダヤ主義

 

 

 

『人間の条件』(第3.4.5章)ハンナ・アレント

第3章 労働

 近代は伝統をすっかり転倒させた。すなわち、近代は、活動と観照の伝統的順位ばかりか、<活動的生活>内部の伝統的ヒエラルキーさえ転倒させ、あらゆる価値の源泉として労働を賛美し、かつては<理性的動物>が占めていた地位に<労働する動物>を引き上げたのである。しかし、このような近代も、<労働する動物>と<工作人>、すなわち「わが肉体の労働とわが手の仕事」をはっきりと区別する理論を一つも生みださなかった(139)。

 私的領域である家において、市民は生命維持の営みである労働から解放されるために、奴隷を使っていた。労働から解放されることで、公的領域の中で活動することができる。しかし、近代になると、活動の意義が失われ、「労働」優位に転倒した。また、アーレントのいう労働と仕事がまとめて「労働」と見なされ、それらは区別されなくなった。

 

 活動と言論と思考は、それ自体では何も「生産」せず、生まず、生命そのものと同じように空虚である。それらが、世界の物となり、偉業、事実、出来事、思想あるいは観念の様式になるためには、まず見られ、聞かれ、記憶され、次いで変形され、いわば物化されて、詩の言葉、書かれたページや印刷された本、絵画や彫刻、あらゆる種類の記録、文書、記念碑など、要するに物にならなければならない(149)。

 仕事とは、生物界にはない新しいものを作り出すことであり、それには耐久性がある。それに対して、労働によって作り出されるものは、すぐに消費される。

 言葉や思考は、形にしないと空虚である。ものとして形を与えることで(物化)、他者と共有可能になり、リアリティをもつ。

 

 増大する富と専有が共通世界に消滅の脅威を与え始めたときでさえ、(財産は)共通世界との接触を保っていた。財産はそれ自身の世界保証のゆえに、世界にたいする労働過程の無関係性を強めるどころかむしろ和らげる。同じように、労働の過程的性格や、労働が生命過程そのものによって押しつけられ強要される場合の無慈悲さは、財産の獲得によって阻止される。労働者あるいは賃仕事人の社会と違って、財産所有者の社会では、人間の配慮と懸念の中心にあるのは依然として世界であって、自然の豊かさでもなければ生命の純粋な必要でもない(173.174)。

 近代になると、財産の固有性や耐久性を重視する考え方が失われ、自らの富を増やすようになった(第2章 第8節)。

 財産は公的領域での活動に参加するための基盤になる。したがって、財産は公的領域の根本にある共通世界と関係がある。それに対して、労働(富、専有)は、世界との接点をもたない。

 

 <労働する動物>の理想を実現するうえで待ち構えている明白な危険信号の一つは、私たちの経済全体がかなり浪費経済になっているということである。この経済においては、過程そのものに急激な破局的終末をもたらさないようにするために、物が世界に現われた途端に、今度はそれを急いで貪り食い、投げ棄ててしまわなければならない。しかし、もしこの理想がすでに実現されており、私たちが本当に消費者社会のメンバー以外の何者でもないとするなら、私たちはもはや世界に生きているのではなく、ただ、一つの過程に突き動かされているだけだということになる。この過程の絶えず反復されるサイクルの中では、物は、現われては消滅し、姿を見せたかと思うと消えてしまい、十分に接続して生命過程をその中に閉じ込めるということはけっしてない(196.197)。

 人々が労働から解放され、余暇が増えた(、また近年におけるオートメーションの)結果、人々の消費欲求が高まってきた。消費の加速によって、ものの耐久性が失われ、共通世界の解体が進んでいる。

 

第4章 仕事

 <工作人>の仕事である製作は、物化にある。最もこわれやすい物も含めて、すべての物に固有の固さは、その工作の対象となった材料から生じる。・・・材料とは、すでに人間の手になる生産物であり、人間の手が、自然の場所から取り出してきたものである(227.228)。

 物化とは、材料になるものを自然から取り出し、人間の世界へと持ち込んで、新たな場所を与えることである。

 

 仕事に固有のあの潜在的増殖は、労働の印である反復とは原理的に異なるものである。労働の反復のほうは、生物学的サイクルに押しつけられ、それに従属したままである。人間の肉体の欲求と欲望は現われ、そして消滅する。それは一定の間隔をおいて繰り返し現われるけれども、長期間留まることはけっしてない。ところが、増殖のほうは、単なる反復と異なり、世界の中ですでに比較的安定し比較的永続的な存在を得ているあるものを増やすことである(231)。

 労働の反復は、肉体の欲求と欲望が現われては消えを繰り返している。それに対して、仕事の増殖というのは、すでに世界の中で物化されているものであれば、そのものをイメージして、それに似た新たなものを増やすことである(耐久性がある)。仕事によって作り出されたものは、人々に共通の永続的なイメージをもたらすからこそ、世界が存続し続ける。世界における共通のイメージを共有する基盤があることで、活動が可能になる。

 

 近代社会では、人間は、自分たちの作った機械の召使いとなっていて、人間の欲求や欲望を満たす器具として機械を使う代わりに、人間の方が、逆に機械の要求に「合わせて」いるというのである。このような不満も、その根は労働の現実の状態の中にある。というのは、この状態を見ると、生産はなによりもまず消費のための準備行動であって、ここでは<工作人>の活動力の特徴としてあれほどはっきりしていた手段と目的の区別そのものが単純に意味をなさなくなっているのである。したがって、器具は、もともと<工作人>が<労働する動物>の労働を和らげるために発明したものであるが、それがいったん<労働する動物>によって使用されると、その手段的性格は失われてしまう(235)。

 近代になると、人間は自分たちが作った機械に支配され、主体性を奪われ、労働と同じように、体を単調に動かし続けるだけ(<労働する動物>)の状態になった。

 

 <工作人>の世界においては、すべてのものがある効用をもたなければならず、すべてのものがなにかそれと別のものを得るための道具として役に立たなければならない。だから、このような世界においては、意味そのものは、目的としてのみ、つまり「目的自体」としてのみ、現われる。しかし、この「目的自体」というのは、実際には、すべての目的に適用できる同義反復であるか、そうでなければ用語上の矛盾である。なぜなら、本来目的とは、それがいったん実現されると目的であることを止めるものであり、手段の選択を導き正当化する能力を失い、手段を組織し生む能力を失うものであって、「目的自体」というのは存在しないからである(246.247)。

 工作人は何か目的をもって仕事をしている。しかし、工作人における目的は一時的なものであり、その目的がいったん実現すると、それが手段となって次の目的へと変化していく。このような状態では、工作人は世界の中に意味を見いだすことができず、それは、<労働する動物>と同じようなものある。

 

 <工作人>の標準は世界を実現するためには必ず支配しなければならないものだろう。しかし、それと同様に、その標準が完成された世界を支配することをも許すなら、<工作人>は究極的には一切のものを勝手に食い荒らし、存在する一切のものを自分自身のための単なる手段と考えるだろう(252)。

 世界をつくるには、手段と目的が循環する工作人の考え方が必要であるが、世界ができあがった後も、工作人の考え方で世界を把握しようとすると、世界が何かの目的を達成したときに、その世界は無意味なものになってしまう。

 

 <労働する動物>の場合、その社会生活は、世界を欠き、獣の群れの如きものであり、したがって公的な世界の領域を建設する能力も、そこに住む能力ももたない。これに反して、<工作人>は、正確に言えば政治領域ではないにしても、それ独自の公的領域をもつ能力を完全にもっている。その公的領域とは、交換市場であり、そこでは彼は自分の手になる生産物を陳列し、自分にふさわしい評価を受けることができる(255)。

 工作人は、世界を建設する能力がない<労働する動物>と政治的領域で活動する人の間に位置付けられる。工作人は、政治的とは言えないまでも、公的性質をもった領域である交換市場であればつくることができる(市場は工作人がつくった物が公衆に見られる場所であるので、公的領域である)。

 

 活動し語る人びとは、最高の能力を持つ<工作人>の助力、すなわち、芸術家、詩人、歴史編纂者、記念碑建設者、作家の助力を必要とする。なぜならそれらの助力なしには、彼らの活動力の産物、彼らが演じ、語る物語は、けっして生き残らないからである。世界が常にそうあるべきものであるためには、つまり人びとが地上で生きている間その住家であるためには、人間の工作物は、活動と言論にふさわしい場所でなければならない(273)。

 芸術家や詩人などは、活動を物語化し、記憶として継承していくことを可能にする工作人である。それ自体としては何も残さない活動と言論を物化することで、人々が活動や言論に参加できる基盤が生まれる。

 

第5章 活動

 言論と活動は、このユニークな差異性(自分を他から際立たせる能力)を明らかにする。そして、人間は、言論と活動を通じて、単に互いに「異なるもの」という次元を超えて抜きん出ようとする。つまり言論と活動は、人間が、物理的な対象としてではなく、人間として、相互に現われる様式である。この現われは、単なる肉体的存在と違い、人間が言論と活動によって示す創始にかかっている。しかも、人間である以上止めることができないのが、この創始であり、人間を人間たらしめるのもこの創始である(287)。

 言論と活動が行われる場は、複数のものがあり、それぞれユニークである。複数の個体が集まっただけでは、人間としてのユニークさや複数性は生まれない。

 

 言葉と行為によって、私たちは自分自身を人間世界の中に挿入する。・・・この挿入は、労働のように必要によって強制されたものでもなく、仕事のように有用性によって促されたものでもない。それは、私たちが仲間に加わろうと思う他人の存在によって刺激されたものである(288)。

 言論と活動は、強制的に始めるのではなく、自発的に始めるものである。

 

 「始まり」としての活動が誕生という事実に対応し、出生という人間の条件の現実化であるとするならば、言論は、差異性の事実に対応し、同等者の間にあって差異ある唯一の存在として生きる、多数性という人間の条件の現実化である(289.290)。

 活動が、始める能力を現実化するのに対して、言論は他者との差異を現実化する。ただし、活動に言論が伴わなければ、動物やロボットと同じである(290)。

 

 ほとんどの言葉と行為は、活動し語る行為者を暴露すると同時に、それに加えて、世界のある客観的なリアリティに係わっているのである。しかし、言論と活動にとっては、主体のこのような暴露こそ、もっとも肝心なものであるから、利害や物理的な世界の介在者を通して行う最も「客観的」な交りでさえ、この物理的な介在者とはまったく異なる介在者によって圧倒され、いわば制圧されている。この後者の介在者というのは、行為と言葉から成り立っており、その起源は、もっぱら、人々がお互いに直接面と向き合って活動し語ることにある。・・・私たちはこのリアリティを人間関係の「網の目」と呼び、そのなぜか触知できない質をこのような隠喩で示している(297)。

 介在者には、物理的な介在者(仕事によって作られたもの)と、行為と言葉からなる介在者がある。人間関係の網の目があるおかげで、物理的な介在者のように直接見たり聞いたりするものがなくても、リアリティを獲得(言葉などを共有:活動の基盤)することができる。

 

 ペリクレスは、ペロポネソス戦争戦没者を弔う有名な演説を行ったが、その演説の言葉を信じるならば、ポリスというのは、すべての海と陸を制圧して自分たちの冒険の舞台とした人びとの証人となるものであり、そのような人びとを賞賛する言葉の扱い方を知っているホメロスやその他の詩人が別にいなくてもやってゆけるような保証を与えるものであった。つまりポリスというのは、活動した人びとが自分たちの行なった善い行為や悪い行為を、詩人たちの援助を受けることなく、永遠に記憶に留め、現在と将来にわたって称賛を呼びさますためのものであった。いいかえると、ポリスという形で共生している人びとの生活は、活動と言論という人間の活動力の中で最も空虚な活動力を不滅にし、活動と言論の結果である行為と物語という人工の「生産物」の中でもっともはかなく触知できない生産物を不滅にするように思われたのである。ポリスという組織は、物理的にはその周りを城壁で守られ、外形的にはその法律によって保証されているが、後続する世代がそれを見分けがつかないほど変えてしまわない限りは、一種の組織された記憶である(318.319)。

 ポリスとは、詩人に頼らなくても、人々の行為、活動や言論を物語として記憶する組織である。そこでは、人々の物語を記憶する役割を果たす。

 

 正確にいえば、ポリスというのは、ある一定の物理的場所を占める都市=国家ではない。むしろ、それは、共に活動し、共に語ることから生まれる人びとの組織である。そして、このポリスの真の空間は、共に行動し、共に語るという目的のために共生する人びとの間に生まれるのであって、それらの人びとが、たまたまどこにいるかということとは無関係である。・・・この空間は、最も広い意味の出現の空間である。すなわち、それは、私が他人の眼に現われ、他人が私の眼に現われる空間であり、人びとが単に他の生物や無生物のように存在するのではなく、その外形をはっきりと示す空間である(320)。

 ポリスとは、現われの空間である(出現の空間)。

 

 <労働する動物>は自分を際立たせる能力を欠き、したがって活動と言論の能力を欠いている。・・・1848年の諸革命から1956年のハンガリー革命まで、ヨーロッパの労働者階級は、人民の唯一の組織化された部分として、したがってその指導的な部分として、近年の歴史の最も栄光ある、おそらく最も期待される一章を綴ってきた。・・・自分を際立たせようとする努力は、めったにない、しかし決定的瞬間にだけ現われた。たとえば、革命の過程で、労働者階級が、たとえ公認の党の綱領やイデオロギーに指導されていなくても、近代的条件のもとで民主主義的政治を樹立することができるという自分なりの考えを突然明らかにしたような場合である(343.344)。

 労働は公的なものを欠いた営みである。その一方でアーレントは、労働者が革命によって、公的領域に現われ、活動したことを評価している。

 

 労働運動は、そもそも最初からその内容と目的が多義的であった。その上、最も発達した経済をもつ西側世界では、労働者階級は社会の枢要部分となり、独自の社会的・経済的権力となった。ロシアやその他の非全体主義的条件のもとでも、住民全体が「首尾よく」労働社会に組み込まれた。このような事態が起こったところではどこでも、労働運動は、ただちに人民を代表する性格を失い、したがってその政治的役割を失ったのである。そして交換市場さえ廃止されつつあるような状況の中では、近代を通じてこれほど顕著であった公的領域の衰退がその極に達したとしても不思議はないのである(348)。

 しかし、労働運動の活動の面ではなく、労働それ自体が重視されたため、労働者は政治の舞台から退き、一部公的な側面をもつ市場までも失われた。

 

 理論の面で見ると、活動から支配への逃亡の最も簡潔で最も基本的な説は、『政治家』に見られる。この著作でプラトンは、ギリシア人の理解では相互に結びついている活動の二つの様式、すなわち、「始める」と「達成する」の間に深淵をもうけている。プラトンが考えた問題は、創始者が自分の始めたことを完成するのに他人の助けを必要とせず、最後まで確実にその行為の完全な主人であるにはどうすればよいかということであった。活動の領域でこの孤立した主人の地位を確保するには、他人がもはや自分自身の動機と目的をもって自発的にこの企てに加わる必要がなく、命令をただ執行するのに利用されるだけであり、他方、企てを始めた創始者は活動そのものに巻き込まれない、こういう状態を作り出すだけでよい。このようにして、「始める」ことと「活動する」ことは、まったく異なる二つの活動力となり、創始者は「活動する必要のまったくくない、ただ執行する能力をもつ人びとを支配する」支配者となった(351.352)。

 複数性を伴う活動は不確定なものだといえる。確実性を求めた結果、主人はやるべきことを決め、その実現に向けて人々に命令する(「ユートピア的な政治システムを組み立てる」:p357)だけで、自分が活動することはない支配者となった。このように物事を決定する人とそれを実行する人が分かれたことで、主人の命令は絶対的なものとなり、活動の必要がなくなった。

 

人間の条件 (ちくま学芸文庫)

人間の条件 (ちくま学芸文庫)